「自我」を宗教から離れて見てみると


「私という確固たるものは存在しない」という仏教の「無我」の教えがあります。

この無我の説明に使われる仏教の古い話に「車の喩え」がありまして「バラバラに分解した車のどれが車なのか?」というものです。

このような例えでミリンダ王が納得したのかどうかわかりませんが、現代では「私というものは様々な現象による感覚を統合した質感である」とみるのが一般的なような気がします。

科学的には「脳の中の幽霊」でよく知られるラマチャンドラン先生は自己の性質を5つに分けています。

1.連続的な感覚
2.統合的な感覚
3.主体的な感覚
4.所有感
5.内省的思考からくる感覚

もうなにも説明が要らないぐらいシンプルで明快な分別です。
この分類を頭の引出しに入れて坐禅をすると、あれ不思議、お経の中に繰り返し出てくる所謂大乗経典で云う処の「五蘊皆空」の元ネタみたいなお釈迦様の言葉がふと解るような気がしてくるので面白いです。

「片手の音と」いう知覚の症状を扱った章もありカルトやスピ系の嫌いな理工系の人には一読の価値のある著者だと思います。
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