玄侑宗久にお会いして

私が御誕生寺専門僧堂で夏制中の首座をしている時期に、住職である板橋興宗禅師にお会いするため玄侑宗久さんが御誕生寺にお立ち寄りくださったことがある。
板橋住職は留守であったため私がご案内したのだが、ちょうど安居中ということでもあり、折角だから「曹洞宗の座禅は只管打座といわれるが修行僧には判り難い、座禅についてお話してもらえないだろうか?」と厚かましくもお願いしたところ、快く一座設けて説法してもらえることになった。
以下印象的な説法の概要を記します。(私の記憶ですからね!)
「曹洞宗の座禅は只管打座と云われるがこれは一枚岩の壁のようで取り付きようがないとも言える、皆さんは究極の座禅に相対している。臨済宗では公案という梯子がある分まだ、修行として無目的感に陥ることは比較して少ないだろうと思っています。」
「今を生きる、と言うが実際にはどうか?今現実そのものに生きていることを確認し、今に居続けることは実はそう難しくない、座禅で今を実感し続けることができる、今の事実に乗り続け現実から離れないことが今を生きることです。」

感謝、感謝の至りに尽きません。玄侑さんありがとうございました。
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