正法眼蔵 開示悟入別各巻目次□ 入之帙

『正法眼蔵』は道元禅師がご生涯かけて説かれた、曹洞宗の仏法とも謂うべき書です。
九十巻ほどにもなる一大書物に取り掛かるには相当な精神と知力を要しますが、まず手にとって見たいという初心には開示悟入の四分別で区切りをつけ、その上全体を雑観する手がかりと参考になればと、各巻表題についての概説をまとめてみました。

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次
開示悟入の分別、各巻の順は本山版正法眼蔵(九十五巻)に倣い、各巻の概略は一部を除いて岩波文庫『正法眼蔵』各巻表題についての水野弥穂子注釈のものです。

□ 入之帙
優曇華
「優曇華は三千年に一度花さくとされ、また如来、あるいは転輪聖王の出世の時に開くとされる。仏の出現の稀有なるにたとえる。ここは坐禅をはじめ、一切諸法が法の優曇華であることを説く」

發無上心(75巻本で「撥菩提心」に改まる)
「発菩提心の実際を説く」

發菩提心(12巻本)
「菩提心をおこすことを説く」

如來全身
「如来全身は自己の正体、万法の真実であり、これを経巻とし、舎利とし、諸法実相とすることを説く」

三昧王三昧
「坐禅を三昧の中の王三昧として説く。『三昧王三昧とは、一切の三昧、皆な其の中に入る。故に三昧王三昧と名づく(大智度論七)」

三十七品菩提分法
「四念処・四正断・四神足・五根・五力・七覚支・八正道の三十七をいう。一般には涅槃に至る助道法とも言われるが、仏道の上からはそのすべてが悟りの行であることを説く」

轉法輪
「仏の説法を転法輪というが、真実には、自己の正体に帰着した坐禅が転法輪であることを説く」

自證三昧
「自己の真実を証することの真実の意味を説く」

大修行
「百丈野狐の話をもとに、大修行とは自己の因果を修行するものであることを説く」

虚空
「虚空の実際を説く」

鉢盂
「鉢盂は応量器。比丘の正式の食器である応量器の伝わるところに、正法眼蔵涅槃妙心が伝わることを説く」

安居
「夏安居の本義とその次第を説く」

他心通
「五通、六通の中に他心通があるが、仏祖の他心通は仏祖の身心を得ることであることを、西京慧忠国師が大耳三蔵を叱した話頭を引いて説く」

王索仙陀婆
「王索仙陀婆という涅槃経の言葉から仙陀婆を自己の正体、万法の真実として説く」

示庫院文
「僧院の台所である、庫院における粥・供え物の対する敬いを説く」

出家
「出家の本義を説く」

三時業
「善悪の報に三時あることを説く」

四馬
「阿含経・涅槃経に馬を調える法に四種あることを説くが、仏の説法はただ四種あるのではないことを説く」

出家功徳
「出家の功徳を説く」

供養諸佛
「諸仏を供養する真実と実際を説く」

歸依三寶
「帰依三宝の意義と実際を説く」

深信因果
「百丈野狐話を深信因果の則として説く」

四禪比丘
「四禅比丘の故事から択法眼の必要を説き、特に三教一致の説を排する。四禅は四禅定、四禅静慮ともいう。欲界の惑を超えて色界に生ずる四種の禅定」

唯佛與佛
「法華経の『唯仏与仏乃能究尽』により、仏法は仏の境界からだけ究尽することができることを説く」

生死
「仏道における生死のとらえ方を説く」

道心
「仏道の道心を説く」

受戒
「仏祖正伝菩薩大戒を受けることの意義を説く」

八大人覺
「釈迦尊が最後般涅槃の時に説かれた八大人覚を説く」

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正法眼蔵 開示悟入別各巻目次□ 悟之帙

『正法眼蔵』は道元禅師がご生涯かけて説かれた、曹洞宗の仏法とも謂うべき書です。
九十巻ほどにもなる一大書物に取り掛かるには相当な精神と知力を要しますが、まず手にとって見たいという初心には開示悟入の四分別で区切りをつけ、その上全体を雑観する手がかりと参考になればと、各巻表題についての概説をまとめてみました。

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次
開示悟入の分別、各巻の順は本山版正法眼蔵(九十五巻)に倣い、各巻の概略は一部を除いて岩波文庫『正法眼蔵』水野弥穂子注釈のものです

□ 悟之帙

夢中説夢
「一般に、夢中説法とは、夢の中でさらに夢を説くはかないことを言う。しかし、我々の真実は夢と本質的に異なることがなく、夢としての真実をかさねていく事を説く」

道得
「仏祖の大道はその真実を道得ることがなければならないことを説く。この道得は言葉だけでなく修行の表現である」

畫餠
「画にかいた餅は飢えを充たさずと普通に言われるが、真実のあり方を画餅と説く」

全機
「生も死も、生を透り抜け死を透り抜けて、真実の全現成であることを説く」

都機
「月の万葉書き。都は全の意味であるから、全機に通じる」

空華
「空華は眼病を患った人が空中に見るものと言われるが、ここでは我々の生きている真実が空華であることをいう」

古佛心
「古仏心とはいかなるもの事実かを、南陽慧忠の語によって説く」

菩提薩埵四攝法
「菩提薩埵四攝法といわれる布施・愛語・利行・同事について説く」

葛藤
「複雑に絡まる葛藤は、裁断して解脱を得るものと一般には見られているが、諸法実相であり、尽十方界真実人体である正伝の仏法の中では、自己は常に自己の真実とからみ合って離れる時がない事を説く」

三界唯心
「一般には欲・色・無色の三界は相対の世界であり、出離すべきものとされるが、ここでは三界がそのまま、ただ一つの真実であることを説く」

説心説性
「一般には説心説性とは、心と性とを分けて説くが、仏道では心という生きている真実、性という自己の正体は、説くことにおいて一つであることを教える」

佛道
「仏道は学仏の道業、すなわち仏としての生き方を学ぶのであって、三教一致や禅宗五家の称を言うべきものではないことを説く」

諸法實相
「法華経の諸法実相を仏道の実際から説く」

密語
「仏道には自己の真実に親密な語があることを説く」

佛經
「仏の教えを書いた経巻は、自己の正体と同じ真実であることを説く」

無情説法
「無情は有情に対するものではなく、自己の正体が人間の情識を離れたものであり、その正体が法を説くことをいう」

法性
「法性は真如の異名とも言われるが、自己の正体である諸法と万法の真実のほかにあるものではないことを説く」

陀羅尼
「総持、能持と訳す。善法を失わないようにし、悪法が起こらないようにするはたらきをいう。ここは自己の正体が、陀羅尼としてはたらく修行の肝要を説く」

洗面
「洗面が仏行であることを説く」

面授
「正伝の仏法は師と弟子が顔を合わせて修行するところに伝わることを言う」

坐禪儀
「正しい坐禅の仕方を説く」

梅花
「外にあるものと思っていた梅花が、自己の正体、正法眼蔵涅槃妙心と別のものでないことを示す」

十方
「仏法では、東西南北四維上下の十方が、自己のところにあることを説く」

見佛
「仏を見るとは、自己の正体、万法の真実の仏を見ることであり仏の見成であることを説く」

遍參
「遍参ということは、師を求めて行脚することではなく、只管打坐して自己の正体を究めつくすことであることを説く」

眼睛
「真実を見きわめる眼睛は修行によって得られることを説く」

家常
「喫茶喫飯が仏道修行であり、仏祖の慧命を継ぐことであることを説く」

龍吟
「坐禅が枯木裏の龍吟であることを説く」

春秋
「寒の到来を秋とし、暑の到来を春と見て、孔子の「春秋」にかけて題とする」

祖師西來意
「香厳の話頭から西来意を説く」

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次 □ 示之帙

『正法眼蔵』は道元禅師がご生涯かけて説かれた、曹洞宗の仏法とも謂うべき書です。
九十巻ほどにもなる一大書物に取り掛かるには相当な精神と知力を要しますが、まず手にとって見たいという初心には開示悟入の四分別で区切りをつけ、その上全体を雑観する手がかりと参考になればと、各巻表題についての概説をまとめてみました。

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次
開示悟入の分別、各巻の順は本山版正法眼蔵(九十五巻)に倣い、各巻の概略は一部を除いて岩波文庫『正法眼蔵』水野弥穂子注釈のものです.

□ 示之帙

看經
「経を読むことであるが、その真実の意味と、宋国の禅林での看経の作法を説く」

佛性
「仏性は一般には仏の本質として、衆生の中に隠されていると思われているが、ここでは、一切衆生はすべて仏であることを説く」

行佛威儀
「道元禅師の仏は行ずる仏である。それには必ず作法にかなった動作やすがたがあることをいう」

佛教
「仏の教えとは経文のこと。仏のほかに経文があるのではないことを説く」

神通
「神通といえば不思議な能力のように思われるが、仏家では日常の行いが神通そのものであることを説く」

大悟
「仏道の大悟は迷っていた人が一回悟るというものではなく、本来の悟りを深めていくことをいう」

坐禪箴
「坐禅のおちいりやすい病を治療する意」

佛向上事
「仏道修行は、凡夫が仏になるためではなく、仏になった上でさらにそのさきの仏としての修行であることを説く」

恁麼
「そのように。このように。ここは生きている真実。無上菩提をいう」

行持
「仏としての修行の生活を続けること」

海印三昧
「法性真如の海の中では、あらゆるものが印で捺したようにはっきり現れることを言うが、ここは不染汚の修証を言う」

授記
「成仏の保障、全ての衆生は成仏の保障の上で生きていることを説く。授記は生きている真実」

觀音
「観音のはたらきは無上菩提のはたらきであり、自己の正体のはたらきであることを説く」

阿羅漢
「仏十号の応供と同じく学仏者の極果であり、自己の正体であることを説く」

栢樹子
「趙州栢樹子の真意を説く」

光明
「尽大地、尽虚空が自己の光明であり、仏祖の光明であることを説く」

身心學道
「仏道を学ぶのには心と身と二つがある、その心と身の学びを説く」

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次 □ 開示帙

『正法眼蔵』は道元禅師がご生涯かけて説かれた、曹洞宗の仏法とも謂うべき書です。
九十巻ほどにもなる一大書物に取り掛かるには相当な精神と知力を要しますが、まず手にとって見たいという初心には開示悟入の四分別で区切りをつけ、その上全体を雑観する手がかりと参考になればと、各巻表題についての概説をまとめてみました。

正法眼蔵 開示悟入別各巻目次
開示悟入の分別、各巻の順は本山版正法眼蔵(九十五巻)に倣い、各巻の概略は一部を除いて岩波文庫『正法眼蔵』各巻表題についての水野弥穂子注釈のものです。

□ 開示帙

辨道話
「辨道は成辨道業。真実に生きる修行に力をつくすこと」

摩訶般若波羅蜜
「我々の生きている真実が般若であること」

現成公案
「現実はあるがままで何不足ない信実であり、万物は分を守って平等であること」

一顆明珠
「どこまで行っても自己の正体ばかりであること、それを全体ただ一箇の珠と言う」

重雲堂式
「堂中の心構えを説く」

即心是佛
「心が仏といわれるが、この心は精神作用の心ではなく生きている真実、自己の正体であること」

洗淨
「身心を浄めることが仏法であることを説く」

禮拜得髓
「『礼拝して髄を得』とは、二祖が達磨の法を嗣いだことであるが、ここは『得髄を礼拝する』ことの大切さを述べる。」

谿聲山色
「外にあると思っていた谿聲山色が、実は自己の仏の現身説法であったことを説く」

諸惡莫作
「七仏通戒偈といわれる『諸悪莫作』の宗意を説く」

有時
「ある時が時の全体であり、自己の全存在であることを説く」

袈裟功徳
「仏衣としての袈裟の功徳を説く」

傳衣
「達磨正伝の仏法は袈裟と共に伝わったもので、法と袈裟は一体であることを説く」

山水經
「山水が自己の正体の真実(経)であることを説く」

佛祖
「仏祖のあり方を明し、仏祖を礼拝する意味を明らかにする」

嗣書
「嗣書の本義と実際を説く」

法華轉法華
「法華の真意を説く」

心不可得
「心という生きている真実は不可得というありかたをいう」

後心不可得
「不可得をかさねて説く」

古鏡
「自己の正体が万法の真実をてらすはたらきを古鏡として説く」

修証義を正法眼蔵各巻別に分類してみました

修証義に抽出の正法眼蔵各巻別分類です、各巻の順序は本山縮小版正法眼蔵の目次順であり、巻ごとには正法眼蔵の文章の順に従って並べてありますので修証義とは文が前後している箇所もあります。
修証義全文は「つらつら日暮らしWiki(曹洞宗関連用語集)」より転記させて頂き、正法眼蔵各巻に分解してみました。

 辨道話 寛喜三年辛卯中秋入宋傳法沙門道元記
・諸仏の常に此中に住持たる、各各の方面に知覚を遺さず、群生の長えに此中に使用する、各各の知覚に方面露れず(第三章 受戒入位)
・是時十方法界の土地草木牆壁瓦礫皆仏事を作すを以て、其起す所の風水の利益に預る輩、皆甚妙不可思議の仏化に冥資せられて親き悟を顕わす(第三章 受戒入位)
・仏祖憐みの余り広大の慈門を開き置けり、是れ一切衆生を証入せしめんが為めなり、人天誰か入らざらん(第二章 懺悔滅罪)

□ 摩訶般若波羅蜜 爾時天福元癸巳夏安居日観音導利院示衆
            寛元二年甲辰三月二十一日在越宇吉峰精舎侍者寮書寫之
・四枚の般若あり(第四章 発願利生)

□ 重雲堂式 暦仁二年已亥四月二十五日観音導利興聖護國寺開闢沙門道元示
・無常憑み難し、知らず露命いかなる道の草にか落ちん(第一章 総序 )

□ 即心是仏 爾時延應元年已亥五月二十五日雍州宇治縣観音導利興聖寶林寺示衆
・謂ゆる諸仏とは釈迦牟尼仏なり、釈迦牟尼仏是れ即心是仏なり、過去現在未来の諸仏、共に仏と成る時は必ず釈迦牟尼仏と成るなり、是れ即心是仏なり(第五章 行持報恩)

 諸悪莫作 延應二年庚子結成後五日在観音導利興聖寶林寺示衆
・生を明らむるは仏家一大事の因縁なり(第一章 総序 )

 礼拝得髄 延應二年庚子淸明日記観音導利興聖寶林寺
・無上菩提を演説する師に値わんには、種姓を観ずること莫れ、容顔を見ること莫れ、非を嫌うこと莫れ、行いを考うること莫れ、但般若を尊重するが故に(第五章 行持報恩)
・日日三時に礼拝し、恭敬して、更に患悩の心を生ぜしむること莫れ(第五章 行持報恩)
・男女を論ずること勿れ、此れ仏道極妙の法則なり(第四章 発願利生)
・設い七歳の女流なりとも即ち四衆の導師なり、衆生の慈父なり(第四章 発願利生)
・正に仏恩を報ずるにてあらん(第五章 行持報恩)
・済度摂受に一切衆生皆化を被ぶらん功徳を礼拝恭敬すべし(第四章 発願利生)

□ 谿声山色 爾時延應二年庚子結制後五日在観音導利興聖寶林寺示衆
・若し菩提心を発して後、六趣四生に輪転すと雖も、其輪転の因縁皆菩提の行願となるなり、然あれば従来の光陰は設い空く過すというとも、今生の未だ過ぎざる際だに急ぎて発願すべし(第四章 発願利生)
・大凡菩提心の行願には(第四章 発願利生)
・今是の如くの因縁あり(第五章 行持報恩)
・見ずや、仏の言わく(第五章 行持報恩)
・誠心を専らにして前仏に懺悔すべし、恁麼するとき前仏懺悔の功徳力我を拯いて清浄ならしむ、此功徳能く無礙の浄信精進を生長せしむるなり、浄信一現するとき、自他同じく転ぜらるるなり、其利益普ねく情非情に蒙ぶらしむ。其大旨は、願わくは我れ設い過去の悪業多く重なりて障道の因縁ありとも、仏道に因りて得道せりし諸仏諸祖我を愍みて業累を解脱せしめ、学道障り無からしめ、其功徳法門普ねく無尽法界に充満弥綸せらん、哀みを我に分布すべし、仏祖の往昔は吾等なり、吾等が当来は仏祖ならん(第二章 懺悔滅罪)
・是の如く懺悔すれば必ず仏祖の冥助あるなり、心念身儀発露白仏すべし、発露の力罪根をして銷殞せしむるなり(第二章 懺悔滅罪)

□ 袈裟功徳 ときに仁治元年庚子開冬日記于在観音導利興聖寶林寺示衆
・生死の中の善生、最勝の生なるべし(第一章 総序 )
・畜類尚お恩を報ず、人類争か恩を知らざらん(第五章 行持報恩)

□ 法華転法華 開山観音導利興聖寶林寺入宋傳法沙門道元記 押華字
       嘉元三年乙巳孟春初於寶慶寺書寫了
・唯一大事因縁と究尽すべし(第一章 総序 )

□ 恁麼 爾時仁治三年三月二十六日在観音導利興聖寶林寺示衆
・身已に私に非ず、命は光陰に移されて暫くも停め難し、紅顔いずくへか去りにし、尋ねんとするに蹤跡なし、熟観ずる所に往事の再び逢うべからざる多し(第一章 総序 )

□ 行持 仁治三年壬寅四月五日書于観音導利興聖寶林寺
(行持上)
・我等が行持に依りて諸仏の行持見成し、諸仏の大道通達するなり(第五章 行持報恩)
・然あれば則ち一日の行持是れ諸仏の種子なり、諸仏の行持なり(第五章 行持報恩)
・此行持あらん身心自からも愛すべし、自からも敬うべし(第五章 行持報恩)
・徒らに百歳生けらんは恨むべき日月なり、悲むべき形骸なり、設い百歳の日月は声色の奴婢と馳走すとも、其中一日の行持を行取せば一生の百歳を行取するのみに非ず、百歳の他生をも度取すべきなり、此一日の身命は尊ぶべき身命なり、貴ぶべき形骸なり(第五章 行持報恩)
・何れの善巧方便ありてか過ぎにし一日を復び還し得たる(第五章 行持報恩)
・光陰は矢よりも迅かなり、身命は露よりも脆し(第五章 行持報恩)
(行持下)
・静かに憶うべし、正法世に流布せざらん時は、身命を正法の為に拠捨せんことを願うとも値うべからず、正法に逢う今日の吾等を願うべし(第五章 行持報恩)
・病雀尚お恩を忘れず三府の環能く報謝あり、窮亀尚お恩を忘れず、余不の印能く報謝あり(第五章 行持報恩)
・今の見仏聞法は仏祖面面の行持より来れる慈恩なり、仏祖若し単伝せずば、奈何にしてか今日に至らん、一句の恩尚お報謝すべし、一法の恩尚お報謝すべし、况や正法眼蔵無上・大法の大恩これを報謝せざらんや(第五章 行持報恩)
・其報謝は余外の法は中るべからず(第五章 行持報恩)
・唯当に日日の行持、其報謝の正道なるべし、謂ゆるの道理は日日の生命を等閑にせず、私に費さざらんと行持するなり(第五章 行持報恩)


 四摂法 (菩提薩埵四摂法) 仁治四年癸卯端午入宋傳法沙門道元
・一者布施、二者愛語、三者利行、四者同事(第四章 発願利生)
・其布施というは貧らざるなり(第四章 発願利生)
・我物に非ざれども布施を障えざる道理あり、其物の軽きを嫌わず、其功の実なるべきなり(第四章 発願利生)
・然あれば則ち一句一偈の法をも布施すべし、此生他生の善種となる、一銭一草の財をも布施すべし、此世他世の善根を兆す、法も財なるべし、財も法なるべし(第四章 発願利生)
・但彼が報謝を貪らず、自らが、力を頒つなり、舟を置き橋を渡すも布施の檀度なり(第四章 発願利生)
・治生産業固より布施に非ざること無し(第四章 発願利生)・愛語というは衆生を見るに、先ず慈愛の心を発し、顧愛の言語を施すなり(第四章 発願利生)
・慈念衆生猶如赤子の懐いを貯えて言語するは愛語なり、徳あるは讃むべし、徳なきは憐むべし(第四章 発願利生)
・怨敵を降伏し、君子を和睦ならしむること愛語を根本とするなり、面いて愛語を聞くは面を喜ばしめ、心を楽しくす、面わずして愛語を聞くは肝に銘じ魂に銘ず(第四章 発願利生)
・愛語能く廻天の力あることを学すべきなり(第四章 発願利生)・利行というは貴賎の衆生に於きて利益の善巧を廻らすなり(第四章 発願利生)
・窮亀を見病雀を見しとき、彼が報謝を求めず、唯単えに利行に催おさるるなり、愚人謂わくは利他を先とせば自からが利省れぬべしと、爾には非ざるなり、利行は一法なり、普ねく自他を利するなり(第四章 発願利生)・同事というは不違なり、自にも不違なり、他にも不違なり、譬えば人間の如来は人間に同ぜるが如し(第四章 発願利生)
・他をして自に同ぜしめて後に自をして他に同ぜしむる道理あるべし、自他は時に随うて無窮なり(第四章 発願利生)
・海の水を辞せざるは同事なり(第四章 発願利生)
・是故に能水聚りて海となるなり(第四章 発願利生)
・薩埵の行願なり(第四章 発願利生)

□ 佛經 爾時寛元元年癸卯秋九月菴居于越州吉田縣吉峰寺示衆
・是の如くの道理静かに思惟すべし、卒爾にすること勿れ(第四章 発願利生)

□ 見佛 爾時寛元元年癸卯冬十一月朔十九日在禪師峰山示衆
・見釈迦牟尼仏を喜ばざらんや(第五章 行持報恩)
・願生此娑婆国土し来れり(第五章 行持報恩)

□ 発無上心 爾時寛元二年甲辰二月十四日在越州吉田縣吉峰精舎示衆
・是を無為の功徳とす、是を無作の功徳とす(第三章 受戒入位)
・是れ発菩提心なり(第三章 受戒入位)

□ 発菩提心 爾時寛元二年甲辰二月十四日在越州吉田縣吉峰精舎示衆
・菩提心を発すというは、己れ未だ度らざる前に一切衆生を度さんと発願し営むなり(第四章 発願利生)
・その形陋しというとも、此心を発せば、已に一切衆生の導師なり(第四章 発願利生)
・此発菩提心、多くは南閻浮の人身に発心すべきなり(第五章 行持報恩)
・或は無量劫行いて衆生を先に度して自からは終に仏に成らず、但し衆生を度し衆生を利益するもあり(第四章 発願利生)
・衆生を利益すというは(第四章 発願利生)
・設い仏に成るべき功徳熟して円満すべしというとも、尚お廻らして衆生の成仏得道に回向するなり(第四章 発願利生)
・設い在家にもあれ、設い出家にもあれ、或は天上にもあれ、或は人間にもあれ、苦にありというとも楽にありというとも、早く自未得度先度他の心を発すべし(第四章 発願利生)

□ 王索仙陀婆 爾時寛元三年乙已十月二十三日在越州大仏寺示衆
・即心是仏というは誰というぞと審細に参究すべし(第五章 行持報恩)

□ 三時業 建長五年癸丑三月九日在於永平寺首座寮書寫之畢 懐弉
・今の世に因果を知らず業報を明らめず、三世を知らず、善悪を弁まえざる邪見の党侶には群すべからず(第一章 総序 )
・善悪の報に三時あり、一者順現報受、二者順次生受、三者順後次受、これを三時という、仏祖の道を修習するには、其最初より斯三時の業報の理を効い験らむるなり、爾あらざれば多く錯りて邪見に堕つるなり、但邪見に堕つるのみに非ず、悪道に堕ちて長時の苦を受く(第一章 総序 )・当に知るべし今生の我身二つ無し、三つ無し、徒らに邪見に堕ちて虚く悪業を感得せん、惜からざらめや、悪を造りながら悪に非ずと思い、悪の報あるべからずと邪思惟するに依りて悪の報を感得せざるには非ず(第一章 総序 )
・彼の三時の悪業報必ず感ずべしと雖も、懺悔するが如きは重きを転じて軽受せしむ、又滅罪清浄ならしむるなり(第二章 懺悔滅罪)

□ 出家功徳 建長七年乙卯夏安居日
・最勝の善身を徒らにして露命を無常の風に任すること勿れ(第一章 総序 )
・受戒するが如きは、三世の諸仏の所証なる阿耨多羅三藐三菩提金剛不壊の仏果を証するなり、誰の智人か欣求せざらん(第三章 受戒入位)
・已に受け難き人身を受けたるのみに非ず、遇い難き仏法に値い奉れり(第一章 総序 )
・無常忽ちに到るときは国王大臣親暱従僕妻子珍宝たすくる無し、唯独り黄泉に趣くのみなり、己れに随い行くは只是れ善悪業等のみなり(第一章 総序 )

□ 帰依三宝 建長七年乙卯夏安居日以先師之御艸本書寫畢未及中書淸書淸等定御再治之時 有添削歟於今不可叶其義仍御草如此云
・西天東土仏祖正伝する所は恭敬仏法僧なり(第三章 受戒入位)・此帰依仏法僧の功徳、必ず感応道交するとき成就するなり、設い天上人間地獄鬼畜なりと雖も、感応道交すれば必ず帰依し奉るなり、已に帰依し奉るが如きは生生世世在在処処に増長し、必ず積功累徳し、阿耨多羅三藐三菩提を成就するなり(第三章 受戒入位)
・其帰依三宝とは正に浄信を専らにして、或は如来現在世にもあれ、或は如来滅後にもあれ、合掌し低頭して口に唱えて云く(第三章 受戒入位)
・仏は是れ大師なるが故に帰依す、法は良薬なるが故に帰依す、僧は勝友なるが故に帰依す(第三章 受戒入位)
・若し薄福少徳の衆生は三宝の名字猶お聞き奉らざるなり、何に況や帰依し奉ることを得んや(第三章 受戒入位)
・世尊明らかに一切衆生の為に示しまします(第三章 受戒入位)
・徒らに所逼を怖れて山神鬼神等に帰依し、或は外道の制多に帰依すること勿れ、彼は其帰依に因りて衆苦を解脱すること無し(第三章 受戒入位)
・人身得ること難し、仏法値うこと希れなり(第一章 総序 )
・早く仏法僧の三宝に帰依し奉りて、衆苦を解脱するのみに非ず菩提を成就すべし(第三章 受戒入位)
・知るべし三帰の功徳其れ最尊最上甚深不可思議なりということ、世尊已に証明しまします、衆生当に信受すべし(第三章 受戒入位)
・仏弟子となること必ず三帰に依る、何れの戒を受くるも必ず三帰を受けて其後諸戒を受くるなり、然あれば則ち三帰に依りて得戒あるなり(第三章 受戒入位)
・今我等宿善の助くるに依りて(第一章 総序 )

□ 深信因果 建長七年乙卯夏安居日以御艸案書寫之未及中書淸書定可有再治事也
・大凡因果の道理歴然として私なし、造悪の者は堕ち修善の者は陞る、毫釐も忒わざるなり、若し因果亡じて虚しからんが如きは、諸仏の出世あるべからず、祖師の西来あるべからず(第一章 総序 )

□ 受戒の巻 趣意文
・次には応に三聚浄戒を受け奉るべし、第一摂律儀戒、第二摂善法戒、第三摂衆生戒なり、次には応に十重禁戒を受け奉るべし。第一不殺生戒、第二不偸盗戒、第三不邪婬戒、第四不妄語戒、第五不酤酒戒、第六不説過戒、第七不自讃毀他戒、第八不慳法財戒、第九不瞋恚戒、第十不謗三宝戒なり(第三章 受戒入位)

□ 受戒 年號不明・上来三帰、三聚浄戒、十重禁戒、是れ諸仏の受持したまう所なり(第三章 受戒入位)

□ 道心 年號不明
・次には深く仏法僧の三宝を敬い奉るべし、生を易え身を易えても三宝を供養し敬い奉らんことを願うべし(第三章 受戒入位)
・南無帰依仏、南無帰依法、南無帰依僧(第三章 受戒入位)

□ 生死 年號不明
・生死の中に仏あれば生死なし(第一章 総序 )
・但生死即ち涅槃と心得て、生死として厭うべきもなく、涅槃として欣うべきもなし、是時初めて生死を離るる分あり(第一章 総序 )

□ 梵網経より採れる一文・衆生仏戒を受くれば即ち諸仏の位に入る、位大覚に同うし已る、真に是れ諸仏の子なりと(第三章 受戒入位)

□ 教授戒文 華厳経普賢行願品偈
・我昔所造諸悪業、皆由無始貪瞋痴、従身口意之所生、一切我今皆懺悔(第二章 懺悔滅罪)

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